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3歳未満の子どもに対する言語評価は、その子の様子を一番よく知っているお家の人に、毎日どんなふうに子どもがコミュニケーションをはかっているか詳しくお話を伺うことから始まります。というのも、クリニックで1時間かそこら子どものコミュニケーション能力を観察・判断するだけでは、正しい評価ができないからです。年齢的にも人見知りをしたり、恥ずかしがりやさんだったりすると、知らない人(セラピスト)の前では貝のように口を硬く閉ざしてしまうことも珍しくありません。
でも、お家の人がみんなお子さんのコミュニケーション能力を正しく把握しているかというと、そうでもなかったりするのが、難しいところです。お父さんお母さんは言葉の発達の専門家ではないので、無理もないことですが。 たとえば、「うちの子は『ママ』という言葉は言えるんですよ」というお話なので、もう少し詳しくお話を聞いてみました。すると、その子は、お母さんに対して『ママ』と言うだけでなく、よく遊ぶおもちゃのことも『ママ』と言っていることがわかりました。この場合、『ママ』という音は出せても、それが言葉としては正しく使えていないので、この子は『ママ』という言葉はまだ言えていない、という判断になります。 では、次の例はどうでしょう。お母さんは、「うちの子は『あーあー、うーうー』という音ばかりで、言葉はひとことも話さないんです」と言います。そこで、クリニックでしばらくお子さんの様子を観察しながら、言葉を引き出す試みをしました。すると、その子は好きなおもちゃ=車を見ると、いつも『うーあ』と言うことがわかりました。いろんな大きさや形の車で試してみても、絵本のなかの車の絵を見せても、ちゃんと『うーあ』と言います。そこでお母さんに再度お話を伺うと、「そういえばうちの子は、車を見ると『うーあ』って言っています」と、はっと気づいたように報告してくれました。この場合、「くるま」という発音は出来ていなくても、その子にとっての『うーあ』は「車」を意味する立派な言葉なのです。 子どもが言葉を言えているかどうかは、実際の言葉と同じ発音ができるかどうかではなく、その対象となる事物をさすときに、いつも同じ音を発しているかどうか、が判断のポイントになります。そうやって評価してみると、2番目の例の「ひとことも話さない」とお母さんが言っていたお子さんには、使える言葉が4~5つほどあることがわかりました。発音が実際の言葉と大きく違っていたので、お母さんはそれがその子の言葉とは気づかなかったのです。 2歳の子どもの場合、50個くらい言葉が言える、というのが標準的な言語発達の目安です。それには、上記のように発音は間違っていてもちゃんと意味がわかって(特定の事物を指している)言っている言葉も含めます。また、発音に関しては、2~2歳半の子どもは、言っている言葉の50%~75%が相手に理解してもらえれば、それで十分といわれています。ですから、「うちの子の言っていることは、半分くらいはわかる」というのであれば、あまり心配しなくても大丈夫。逆に、「うちの子は、何をいっているかちっともわからない」という場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。 個人的なことですが、最近「五十肩」に悩まされています。寄る年波には勝てず、ですが、それにしてもこの痛み、かなり辛いです。腕を下手に動かすと激痛は走るは、夜もずきずきしてよく眠れないはで、気分も晴れません。ブログ記事にしたいことはたくさんあるのに、肩=腕の痛みのせいで、ブログ更新もままならず。
それでも、このビデオだけはみなさんと共有したくて、ここでご紹介します。コミュニケーション障害があるバイリンガルのお子さんとそのご家族に、希望と勇気をあたえてくれる内容です。これを見ていただければ、「言葉の遅れがあるのにバイリンガルなんて負担になるばかり。いずれは(学校に上がれば)英語で教育を受けることになるのだから、英語に絞ったほうがいいですよ」という専門家の間違ったアドバイスにもふりまわされず、勇気と自信を持って、バイリンガル環境を維持していくことができるはずです!ぜひ、ご覧ください。 "Can special needs kids be bilingual?" わたしが関わっている3歳未満の子で、スペイン語が第一言語で英語がちょこっと加わる環境に育つ子が何人かいますが、障害はさまざまでも(自閉症、ダウン症など)、親やセラピストが強制するわけでなく、遊びのなかで自然に自らスペイン語と英語の両方を使っています。家では親が主にスペイン語を話していても、テレビ番組が英語だったり、家の外やクリニックで出会う子どもたちが英語を話していたりするし、またクリニックでもスペイン語のバイリンガルSLPだけでなく、英語を話すSLPとも関わる機会があるので、本当に自然な形で、二つの言語の語彙が増えている子がいます。そんな子達を見ていることもあって、わたしも上のビデオの内容に強く共感します。 カリフォルニアのマリブといえば、知る人ぞ知る高級住宅街ですね。わたしには縁のない贅沢な暮らしは、想像すらつきませんが、でも、マリブには庶民にも手の届く贅沢があるのを、ご存知でしょうか。
それは、山と海が織り成すダイナミックな自然美です。わたしのお勧めは、Leo Carrillo State Park。オレンジカウンティからは高速運転で片道1時間半、サンタモニカからパシフィック・コースト・ハイウェイで南へ約30分のところにあります。この州立公園は、サンタモニカ山脈の麓でのハイキングとキャンプ、そしてビーチで海水浴と、山と海が同時に楽しめるのですから、こんな贅沢はないでしょう! 11月下旬に遊びに行ってきたのですが、晩秋とは思えない暖かさで、薄い長袖Tシャツ1枚でも歩いているうちに汗ばんできました。この温暖な気候は、南カリフォルニアの魅力の一つですね。 ![]() サンタモニカ山脈の麓にのびるハイキングトレイル。 ![]() トレイルから海をのぞみます。逆光だったのでちょっと見えにくいでしょうか。 ![]() トレイル歩きで汗をかいたあとは、トンネルを通ってビーチへ。 ![]() 岩場がたくさんあって、磯遊びにも最適。 ![]() ビキニ姿のお嬢さんもいました。さすがに、海水は氷水の冷たさで、泳げはしませんが。 前回は脳の不思議について書きましたが、今回の記事は、わたしのブログのタイトルでもある「言葉の不思議」について、自閉症の子を例にして書いてみました。
「うちの子は(自閉症のあるお子さんです)セラピーによって考える力や注意力はよくなってきているのに、まだ『話すこと』はできません。いつになったら話せるようになるのでしょうか。」 このようにもどかしい思いをかかえていらっしゃるお父様お母様は、決して少なくないでしょう。ご両親のなかには、話し言葉に代わるAAC(拡大代替コミュニケーション)を勧めると、「それより、なんとか話せるようにトレーニングしてもらえませんか」と、あくまでも話し言葉にこだわる方もいらっしゃいます。「自分の子どもに話せるようになってほしい」という強いお気持ちがわかるだけに、わたしとしてもどこまでどう説明していいか迷ってしまうこともあります。 先日、UCLAの研究者による、自閉症の子の脳の発達についての興味深い発表を読みました。それは、自閉症の子はそうでない子に比べ、言語と社会性をつかさどる脳の部位の発達がゆっくりしている、ということでした。研究対象になった子たちは6歳から14歳までの子で、3歳前には診断がつく自閉症ですが、その後も10代まで継続して脳の発達に遅れがみられるということが、今回の研究成果であきらかになったようです。 ここから話はちょっと専門的になりますが、しばしお付き合いください。脳には神経細胞の細胞体(核のある部分)の集まりからなる灰白質、その神経から出る神経線維を中心に構築される白質とがあります。白質は、有髄神経線維のミエリン鞘の主成分として大量に存在しているミエリンが白いために、こう呼ばれます。ミエリンは神経信号を素早く伝える役割(普通列車に対する特急列車のようなものですね)を果たしています。ミエリンは生まれたときには脳の一部にしかありませんが、その後20年かけて、異なる領域でしだいにつくられていくものです。 おとなの脳は白質と灰白質の区別がはっきりしていますが、赤ちゃんの脳はその区別がわかりません。これは、上に書いたように、生まれたときは脳の一部にしかミエリンがないためです。脳の神経細胞は生まれると細胞分裂をしないので、その数はおとなになっても増えることはありませんが、神経線維はどんどん発達し伸びていきます。赤ちゃんや幼い子どもの頭は普通列車ばかりですが、成長するにつれ、特急列車(ミエリン)の本数が増えていく、といった感じでしょうか。 さて、話を自閉症の子の脳にもどして。上の研究成果によれば、自閉症の子の場合、言語と社会性をつかさどる脳の部位との間で、白質の接続が未発達なのがMRIによってあきらかになりました。同時に、学習をつかさどる部位と認知・感情処理を助ける部位にある未使用の(不要の)細胞が適切に排除されていないこともわかりました。つまり、脳の特定部位の間の接続が未発達であると同時に、別の部位の間は過剰接続がみられるという、一般的でない神経回路が出来上がっているわけです。 こうした脳の神経回路が自閉症の子の話し言葉の発達を妨げていることが、わかりますね。話し言葉は使わないけれど、AAC(絵カードや音声出力機器、コンピュータなど)によって話し言葉以外の手段でコミュニケーションがはかれる自閉症の子は、少なくありません。ですから、コミュニケーション能力が身につかない、というわけでは決してありません。でも、コミュニケーションの手段を「話し言葉」に限定してしまうと、話は違ってきてしまいます。 高機能自閉症の子には、自分の好きな映画・ドラマや本のセリフを丸暗記して、そのセリフが使われる場面と似た状況におかれたとき、自分自身の言葉の代わりにそのセリフを口にして、自分の言いたいことを伝えようとする特徴がみられます。この子達の抜群の記憶力、フォトグラフィックメモリーといわれる能力は、その部分に神経接続が過剰発生しているためともいえます。そして、その記憶力をいかしてセリフを覚え、場面と上手に結びつけているのですから、これはすばらしい能力ですね。 でも、それだけの能力がありながら、自分自身の言葉として相手に言いたいことを伝えることに難しさを感じてしまうのは、上で説明したように、言語と社会性の部分の神経接続が未発達だから、なのでしょうか。音声出力機器を使って、アイコンを選んで「わたしは」「テレビが」「見たい」という文章をつくり、それを自分の話し言葉の代わりに使えるのに、どうして話し言葉には結びつかないのでしょう。話したいことを頭のなかでまとめ、実際に口にするまでには、いくつもの作業が同時に行われます。つまり、脳のなかでも、文章を組み立てる部位、それを話し言葉に変える(発話にする)部位、言葉に感情をこめる部位、言葉使いや表現が適切かどうかを判断する部位など、さまざまな部位が関わってきますが、それらの間の神経接続が未発達だったりすると、話し言葉の発達も遅れてしまうのでしょう。 うーん、やっぱり、言葉は不思議ですね。
ここ数週間にわたって、脳卒中や脳腫瘍手術などで言語と嚥下に障害を生じた患者さん3人が、それぞれ改善をみせてくれ、「SLPになってよかったー!!」と心の中で何度も叫びました。もちろん、いつもこんなにうまくいくわけではありません。だからこそ、10月はわたしにとっての「脳の不思議」月間でした(笑)。
数週間前に脳卒中をわずらったAさんは、施設に入所してきたときは片側麻痺が明らかで、顔も半分がゆがんでいました。それに加えて90歳というお年なので、どこまでセラピーができるだろうか、と少し心配でしたが、ご本人が「わたしは頑張りやだから大丈夫。どんなセラピーでもやってみせるわ」と宣言してくれたので、安心してセラピーを開始することができました。 そして、ご本人の宣言通り、毎日きっちりセラピーに取り組んでくれて、さらに認知能力がしっかりしているのが幸いして、食事のときの注意事項をしっかり身につけて、100%自ら実践してくれました。おかげで、たった2週間で目標達成!! もっとも、Aさんの場合は、脳卒中の程度も軽度だったと思います。最初にみられた運動性構音障害も、2週間後にはほとんど気にならない程度になっていましたから。 Bさんは、5年前に脳卒中をわずらい、その後もいろんな病気が重なり、流動食で誤嚥性肺炎をおこした後、経管栄養法に切り替えられました。体調が落ち着いてからスピーチセラピーを再開しようとしたのですが、誤嚥性肺炎の経験ですっかり懲りたのか、不安が強く、なかなか経口トレーニングを受け入れられません。それに、アプラクシアのため、スピーチだけでなく、体の動きも自分でうまくコントロールできないので、嚥下のための口の体操などもままなりません。 そこで、神経筋電気刺激(NMES=neuromuscular electrical stimulation)を使ってみることにしました。舌骨上筋に電気刺激を与えることで、嚥下のタイミングの向上をはかる方法です。これにはまだ賛否両論あって、正当な療法として認めない見方もあるのですが、このBさんのように自発的にはほとんど何もできない人の場合は、有効な療法です。 これを1ヶ月続けたところ、タイミングの向上がみられました。同時に、Bさんも自信がもてるようになったのか、経口食のトライアルも少しずつ受け付けるようになりました。そして、MBSS(嚥下造影)の結果、誤嚥はなし!無事、流動食の再開です!Bさんの息子さんの話では、嚥下障害の改善だけでなく、スピーチにもいい影響がみられ、「このごろは以前よりもっとよく話してくれるようになったんで、嬉しいですよ」ということです。 Cさんはまだ60歳前半。一見体力もありそうな体型ですが、脳腫瘍の大手術の後、声帯麻痺が出て(ぴったり閉じないため、声もうまく出せず、誤嚥のリスク大)、経管栄養になりましたが、ご本人は「早く食べたい!」という気持ちが強く、「頭が痛い、めまいがする(回復時の症状)」といいながらも、セラピーにしっかり取り組んでくれています。その効果あって、少しずつ声が出るようになり(声帯がうまく閉じられるようになってきた証拠)、氷のかけらもむせることなくのみこめるようになってきました。が、まだご本人も「水が変な方に入ってしまう」感覚があり、むせはしないけど、咳払いを何度もしています。Cさんも、経口食開始のためにはMBSSが必須なので、先日病院にリクエストを出しました。 この3人は年齢的には60~90歳と、人生の先輩&大先輩にあたりますが、いずれも脳の可塑性がセラピーを通じて確認できたので、ますます「脳の不思議」にはまってしまったわたしです。 今日の記事は、はーるかむかしの思い出話から始まります。
高校生のとき、中国の文化に興味を持ったことがきっかけで(中国語クラブに入って部長までつとめました・・・が、中国語はいまだに初心者レベルです 苦笑)、アジアの魅力にはまりました。大学では韓国の文化と音楽に目覚め、韓国文化院に通いつめ、初の海外旅行も大学4年のとき韓国へ行ってきました。 その後も、台湾、中国、そして東南アジアのフィリピン、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、ブルネイもまわり、そして衝撃の体験をしたインド旅行も忘れられない思い出です。当時は観光客の受け入れがなかったビルマ(ミヤンマー)へ行ってシュエタゴン・パゴタが見たい、と思いつつ、その夢は残念ながらいまだにかなっていません。 ちょっと前置きが長くなりましたが、そんな経歴の持ち主なので、アジアはわたしの心のふるさと。アメリカにいると、日本人というよりアジア人としての自分を意識することが多いです。 カリフォルニアにはアジア系の人々が大勢暮しています。州人口の内訳をみると、白人は2400万人、ラティーノ系は1400万人、そしてその次にくるのが510万人のアジア系です。黒人はアジア系の半分の260万人です。ですから、ここではアジア系といっても、母語や文化的背景、行動パターンの違いによって、もっと細かくグループ分けされています。 南カリフォルニアをドライブしていても、日系人が多かった(今はかなり減りましたが)リトル・トーキョー、チャイナ・タウン、コリアン・タウン、タイ・タウン、リトル・サイゴン(ヴェトナム系の地域)など、各人種が密集する地域がはっきり分かれているんですね。 わたしが住んでいるのはオレンジ・カウンティですが、職場はLAとオレンジ・カウンティの中間地点にあります。地域によってもアジア系の人口比が変わるので、それもまた面白いですよ。もっとも、地域だけでなく、職種によっても分かれますね。 わたしの職場(高度看護施設)は、まるでフィリピン・タウン。スタッフの80%以上がフィリピン系なんですよ。しかも、みなさんフィリピンで高等教育を受けてからアメリカに移住した一世なので、お国訛りの英語を話します。アメリカのフィリピン人は高学歴が多く、フィリピンで看護師やセラピストの資格を取得したけれど、いい就職先が見つからないので、アメリカに渡ってきた、という人が大半です。ですから、プライドも高ければ能力も高く、みんな誇りをもって仕事をしています。その熱心な働きぶりには頭が下がります。 対して、もう一つの職場、小児セラピーセンターはオレンジ・カウンティにあるので、職員の70%以上は白人です。ラティーナは事務職員2人にSLPAが1人で、アジア系は、インド系2人(SLP1人とOT1人)、日系人(日系4世なので日本語はぜんぜんわからないんですって)(OT)、そして日本人のわたし(SLP)。 ちなみに、カリフォルニア全体をみると、アジア系で一番人口が多いのは中国系。中国系といえば、サンフランシスコのチャイナ・タウンを思い浮かべるように、サンフランシスコ方面に圧倒的に多いようです。南カリフォルニアではそれほど目立ちません。そして2番目が、ここでも圧倒的多数を誇る、フィリピン系。3番目はここでも多いヴェトナム系、そして、インド系、韓国系と続いて、日系は6番目です。これはちょっと意外でした。かつてカリフォルニアには日系人が大勢いたのに、どんどん減っていっているのでしょうか。 それぞれの人種が各自ネットワークを作り、母国語で新聞を発行したり、ネットで情報を提供したりしています。今でも新移民を助けようという空気があるのは、本当によいことですね。ただ、各人種がはっきりとグループに分かれて、それぞれの特徴を主張するため、お互い対立しあったりすることもあるんだよ、という話も小耳にはさんだことがあります。わたし自身はまだそういう嫌な思いは経験していませんが、職場でも「あの人は~~人だから」という評価をすることがあるので、その人の文化・言語的背景からその人を判断する傾向はあるなあ、と思うことはあります。ま、これは万国共通、人間の性、ともいえるでしょうね。 さて、話を南カリフォルニアに戻して。このあたりでは、フィリピン系のほか、ヴェトナム系と韓国系が目立ちます。特に韓国系のパワフルなこと。LAのど真ん中にあるコリアン・タウンは、完全に韓国一色、まるで韓国に来たような錯覚を覚えるそうです(わたしは行ったことがないのですが)。でも、LAだけでなく、このあたりはどこへ行ってもハングル文字の看板が目に付きます。韓国系のスーパーマーケットは品揃えもよければ質もよく、そして値段も良心的。我が家のお気に入りのお店も、韓国系です。 韓国系の涼しげな美形にくらくらっとなってしまうわたしなので、韓国系のお店へ行くたび、わたし好みの美形(たとえば、下のお二人のような)はいないかなー?なんて、つい探してしまったりします(苦笑)。 ![]() 時代劇ドラマ「武士ベク・トンス」のユ・スンホ ![]() CN BLUEのヴォーカル、チョン・ヨンファ テキサスからカリフォルニアに越してきて、早3ヶ月が経ちました。この2つの州はいろんな意味でよく比較されます。まず面積ですが、テキサスはアメリカで2番目に大きく(最大面積を誇るのはアラスカ)、カリフォルニアはテキサスに次いで3番目です。対して人口は、カリフォルニアが一番多く、テキサスは2番目です。また政党は、民主党が多数派を占めるカリフォルニアに対して、共和党がしっかり力を握るテキサス。そして、この政党の考え方の違いが、日々の暮らしにも反映されているのがよくわかります。
カリフォルニアで働き始めてまっさきに気づいたのが、テキサスより福祉政策が充実しているということです。カリフォルニア州政府は財政難のため福祉の予算を減らした、と聞きますが、それでもテキサスに比べれば、まだまだ「大きい政府」(高い税金と高い福祉)。州と連邦政府によるさまざまな福祉政策が貧しい人々の救済や特別なニーズのある人々への支援にあてられています。 全人口に対して貧困層の占める割合が多いカリフォルニアでは、政府の福祉政策に頼る人々の数も当然多いわけで、そうすると政府の予算もそれに見合ったものになります。詳細は、下のリンクの"Health and Human Services"をお読みください。 カリフォルニア州政府の予算 たとえば、特別なニーズのある子どもたちへの支援も、「小さい政府」(税金は低いけれど福祉も低い)テキサスでは考えられないほど、カリフォルニア州は充実したプログラムを用意しています。わたしの勤務する職場でも、州政府と連邦政府が提供する医療保険によって、無料、あるいはほんの小額の自己負担で各種セラピーを受けている子どもたちが大勢います。むしろ、民間の医療保険を利用してセラピーを受けている子のほうが少数派です。 全米でも特に高い失業率を記録し続けるカリフォルニアですから、これからも、仕事がない=収入がない=生活に困る=州政府からの経済支援が必要な人々は、決して減ることはないでしょう。だから、政府もそうした人々のために予算を確保しなくてはいけないことは、よくわかります。 でも、州政府の予算が税収入に大きく頼っているということも、忘れてはいけません。つまり、私たち州民が州所得税を初めとする高い税金を納めているからこそ、貧しい人々への救済政策も成り立っているわけです。ちなみに、テキサスは州所得税はありません。 そんなこんなで、カリフォルニア州で一番苦しいのは、「決して高収入ではないのに高い税金をとられ、それでも貧困層ではないため救済政策は受けられない中所得者層ではないだろうか」と思ってしまいます。今後、この中所得者層の人々が職を失って、救済政策が必要な側にまわったら、この州はどうなってしまうのだろう、と考えると、ちょっとぞっとしてしまいます。 めちゃくちゃ高い生活費、狭い家、大多数の州では課されていない所得税の存在、異常に大きい所得格差。 それでもカリフォルニアを離れたがらない人が少なくないのは、どうしてでしょう。 それは、快適な気候。そして、マイノリティにとっても居心地のよい環境だから。 そういう答えが、何人もの人(みなさんマイノリティです)からかえってきました。気候と住み心地の良さは、お金にはかえられない「心の豊かさ」につながるのでしょうね。 バイリンガル環境にあって言葉の発達に遅れのあるお子さんに、SLPはどんなサービスを提供できるか。これは本当に大きな課題なのです。
あえて言うと、お子さんの環境で使われている両方の言語でスピーチセラピーを提供するのが理想です。が、現実にはこれがなかなかうまくいきません。というのも、お子さんの母国語でセラピーができるSLPが少ないからです。アメリカの主流言語である英語にせまる勢いのスペイン語でも、スペイン語でスピーチセラピーができるSLPは、まだまだ少数派。まして、その他の少数言語は、それこそあちこち必死で探してやっとみつかるかみつからないか、という程度なのです。 ですから、バイリンガルSLPがいない場合は、担当SLPが使える言語でセラピーを提供することになります。もちろん、通訳がセラピーに同席できればよいのですが、これもまた簡単なことではなく・・・。 ただ、これだけはお父さんお母さんにしっかり覚えておいていただきたいと思います。 たとえセラピーがお子さんの母国語でない言語(アメリカの場合は英語になりますが)で行われたとしても、ご家庭ではご両親にとって馴染みがあり、お子さんと心を通わせられる言語で、お子さんに話しかけてください。 これは、お子さんのコミュニケーション障害の種類や重さに関わらず、あらゆるご家庭に当てはまる基本原則です。 ところが、残念なことに、今でもまだ「障害のある子にとっては、2つ以上の言語を習得するのは大変だし、混乱を招くだけ。だから、どちらか一つの言語に絞ってください」とアドバイスする専門家が少なくないのです。 モノリンガル環境で育つ子には、もっともなことでしょう。あえて第二言語を習得させるだけの理由がない限り、自分の母国語が使えるようになれば、それが一番よいのですから。 ただし、アメリカのように、赤ちゃんのときはともかく、プリスクールや幼稚園にあがる年齢になると、主流社会の言葉である「英語」が否が応でも生活のなかに入ってくるわけです。これはもう、極端な言い方ですが、選択の余地がないんです。でも、だからこそ、ご家庭では、家族みんなが心を通わせ、楽にコミュニケーションがはかれる言葉=母国語が使える環境を維持してほしいのです。 これは、わたし自身も知っているAちゃんのお話です。Aちゃん一家は自宅ではご両親も子どもたちも母国語のみで会話をし、幼稚園では英語のみという、完全に二言語の使用環境が分かれた状況で数年過ごしました。Aちゃんは3歳になっても言葉が出てこないということで、プリスクールで英語のスピーチセラピーを受けていましたが、SLPのアドバイスを受けて、ご両親は自宅では母国語でAちゃんに話しかけを続けていました。その結果、5歳になる頃から少しずつ言葉が出始めて、幼稚園でよく使う言葉は英語で、自宅で使う言葉は母国語でというふうに、誰に教えられたわけでもなく、自然と二言語を使い分けるようになったそうです。 その他にも、知的障害のあるお子さんが母国語だけでなく英語も習得して、バイリンガルになったケースをいつか聞いています。 でも、こういったお子さんたちに共通するのは、母国語が軸になっている、ということ。これは上にも書きましたが、何度強調してもしきれない大事な点です。 そのことを忘れて、あるいは専門家に「アメリカに住んでいるんだから、英語に絞ったら」と間違ったアドバイスを受けて、家で母国語を話さないようになったとき、お子さんとご両親とのコミュニケーションはどうなってしまうのでしょう。 もちろん、ご両親がバイリンガルで、「英語でも普通に会話ができるわ」というのであれば、それも問題ないかもしれません。でも、そうでなくて、英語は片言なので、会話はやっぱり母国語のほうがいい、という場合は、自宅で母国語を話さなくなったその日から、お子さんとのコミュニケーションも取れなくなる、ということを意味するのです。これは、とっても悲しいことです。しかし、現実にアメリカではこのパターンが少なくないのです。 わたしの勤務先にも、お子さんの母国語を話すバイリンガルSLPがいるにも関わらず、「スピーチセラピーは英語でお願いします」と言ってくるお母さんが何人かいます。でも、お母さんご自身は、英語が話せないのです。ということは、家での会話は必然的にお母さんの母国語になるわけですから、まだ3~4歳の小さいお子さんの場合、毎日家で言葉を交わすお母さんの影響は絶大です。ですから本来は、そのお母さんから暮らしのなかで学んでいく語彙や文型を基本に、スピーチセラピーを提供したほうが、効果はずっと大きいのです。そのことをわたしの同僚はお母さんに説明したのですが、どうしてもわかってもらえず、このまま英語でセラピーを続けてほしい、と言われてしまった、と嘆いていました。わたしは英語の先生ではないのに・・・という同僚のつぶやきが、彼女のフラストレーションをよく表していました。 小さいお子さんへのスピーチセラピーは、ご両親の理解と協力があって、はじめて成り立つもの、といっても過言ではありません。まして、英語が母国語でない子へのスピーチセラピーは、ご家庭で母国語を使ってお子さんに働きかけを続けていただくことが大前提。それをどうやってご両親にわかりやすく伝えられるか。まだまだ自分の力不足を痛感してため息が出てしまうこともあります。
ここのところ、「アメリカで日本人SLPとしてフェローシップを終了し、就職の場を得ることはできるでしょうか」といった主旨のお問い合わせを数件いただきました。
SLPになって3年弱、こんな未熟者のわたしなので自信をもってお答えできるだけの経験と情報はないのですが、それでもテキサスとカリフォルニアという2つの異なる州で働いてきた経験をもとに言えることがあります。 それは、「アメリカ広し!地域によってSLPに求められるものが大きく違います。英語が母国語でない、あるいは主流文化ではない背景をもつSLPは、白人中心の地域よりも、移民の多い地域のほうが、確実に仕事が探しやすいです」 ということです。これだけは胸をはって言えます(笑)。 南カリフォルニアでSLPとして働き始めて1ヶ月。その間に直接・間接的に知り合った「マイノリティ」SLPは10本の指では数えられません!ここでいう「マイノリティ」とは、文化・言語的背景がアメリカ主流社会のそれと違うという意味です。 まず、驚いたことに、南カリフォルニアで働く日本人SLP(日系人ではなく、日本で生まれ育ち、日本語が母国語の人達)は、間接的な知り合いを含めると、少なくとも5人はいます。 それから、わたしの勤務先であるリハビリ会社には、直接会ったことはないけれど、上司の話ではインド出身のSLPが2人いるし、小児クリニックの同僚にも1人、インド出身のSLPがいます。インド人はおしゃべり好きで話すことが得意な人が多いですから、SLPという職業はぴったりですね。 それから、ラティーノ人口がマジョリティ化している南カリフォルニアでは、スペイン語が話せるSLPの存在は大変貴重です。ということで、わたしが勤務する小児クリニックにも1人います。ただし、彼女はSLPではなくSLPA。「スリッパ」(履物のスリッパと同じ発音なのです 笑)と呼ばれるアシスタントです。このクリニックには以前ベトナム系SLPAも勤務していたそうです。 なんといっても、この地域ではスピーチセラピーを受けるおとなも子どももマイノリティが多いですから、SLPがマイノリティであっても問題ないし、むしろマイノリティの状況をよく理解できる(特に文化・言語的背景について)SLPのほうが的確なサービスが提供できる、ともいえますね。 これはNYでSLPとして働いていた知人の話ですが、NY地域にも日本人SLPが5人はいるそうです。それから、NY地域で働くわたしの友人の日系人SLPは、英語が第一言語で日本語は第二言語、それでも日本人に日本語でセラピーをしています。それほど、NY地域では日本語でのセラピーを必要としている人が多いということですね。 対してテキサスでは、SLPといえば「標準的な英語を話す人がなる職業」というイメージが強烈で、大学院時代、アメリカ生まれで英語が第一言語なのに、「黒人特有の訛りが気になる」ということで、特定の実習に参加させてもらえなかった黒人のクラスメートがいました。 インド出身のクラスメートは、母国で英語(イギリス英語ですが)での教育を受けていたので、英語の知識についてはまったく問題ないのだけど、やはり訛りが強すぎるということで、実習に参加できませんでした。その後の詳しい経緯はわからないのですが、彼女はSLPの修士は断念し、博士課程に進んでSpeech Scientistを目指したようです。Speech Scientistは、SLPとして臨床経験を積むことはできませんが、コミュニケーション障害の研究に従事することはできます。別の大学院出身のSLPからも、インド人クラスメートが実習参加を許可されず修士取得を諦めたと聞いているので、テキサスではマイノリティにとってSLPになることは至難の業なのだなあ、と改めて痛感しています。 こんなふうに、地域によってSLPに求められるものが大きく違いますから、マイノリティとして堂々活躍したいと思っている人は、移民の多い地域で職を求めてはいかがでしょうか。とはいえ、その分、マイノリティ同士の競争も激しくなってくるので、それはそれでまたきついことですが。
患者さんも人間ならセラピストも人間。みんなと同じように接したいと思いつつ、どうしても相性のいい人とかちょっと苦手な人ってでてきちゃうんです。まあ、それが人間相手の仕事の面白いところともいえますよね。
わたしがひそかに「この患者さん、大好き!」って思っている人がいます。彼は、60代後半のラテン系Aさん(プライバシー保護のため、このブログに登場する人はみんなAさんになります 笑)。脳卒中のため、中~重度の失語症と発語失行(アプラクシア・オブ・スピーチ)があります。 認知能力はしっかりしているので、こちらの言っていることはほとんど理解しているようだけど、なにせ言葉が出てこないし、アプラクシアの影響で、絵カードを使ってのコミュニケーションさえも、適切な絵を指差せないために(麻痺のため指が動かないんじゃなくて、アプラクシアのために動きをコントロールできないんです)、何を言いたいのかわからないことがほとんどです。 「はい・いいえ」で答える質問にも、アプラクシアが邪魔をして、本当は「はい」と言いたいのに「いいえ」っぽく聞こえたり、首の振り方も肯定の縦振りなのか否定の横振りなのか、判断がつかなかったりします。 そうそう、一番初めにAさんと会ったとき、「ロシア系の人かな?」と思ったんですよ。メディカル・チャートには「ラティーノ」とあったので、そんなはずはないと思いつつ・・・。というのも、彼が「はい」と答えるときは、どう聞いても「ダー」と聞こえるからなんです。 でも、よーく聞いてみると、彼はカジュアルな「はい」である"yeah"と言おうとしているんですよね。それが、アプラクシアのせいで、上手に"y"の音が出せず、「ダー」になってしまったわけです。ほとんどすべての音において、このような難しさを抱えているAさんです。 これじゃあ、すごくフラストレーションたまるでしょうに、と思うのですが、そこはラテン系の明るさが持ち前のAさん。舌が回らないことを冗談めかして「べろべろべー」っとやって、ははは、と笑う。つられてわたしも、はははと笑って、セラピーの時間はいつも楽しいひとときになります。 簡単な単語、"pat"、"bat"、"mat"、"hat"、"cat"の模倣でさえ、唇や舌の動きを確定するのにまごついて、うまく言えないAさんですが、いわゆる"automatic speech"(考えず、習慣的に口に出てくる表現)は、結構得意です。これまた、典型的な発語失行の特徴ですね。 たとえば、1~20まで数えたり(80%の正確さ)、"Happy Birthday"の歌を歌ったり(90%の正確さ)は、わたしが出だしだけを手伝ってあげると、1人ですらすらっと言えたりします。 "automatic speech"といえば、いわゆる罵り言葉もこれに入るんですよ。"son of a b ~~~~"とか、ここでは書けない悪い言葉(苦笑)。それもまた、Aさんの得意分野だったりします(笑)。この間も、絵を見てそれを描写する練習のとき、(日本語訳)「だだだばだだばばば、『くそったれ』、ばだらだだば」と早口で言ったので、わたしが「Aさん、『くそったれ』は100%正確に言えましたね」と褒めて、2人で大笑いしちゃいました。 体のあちこちに刺青があって、黒のサングラスをかけてにやりと笑うと、まるでマフィアのボス風!そんなところも魅力的なAさんです。
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